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2012年9月20日

【気迫】

by katsuyuki.hara

あまりにも衝撃的だった。

 

それは

以前、ふらりと入った美術館での出来事だった。

 

 

そこで、

画家、横山大観師の一文とわたしは出会った。

 

 

「富士の名画というものは、昔からあまりない。

 

 それは形ばかりうつすからだ。

 富士の形だけなら子供でも描ける。

 

 富士を描くということは、

 富士にうつる自分の心を描くことだ。

 

 心とは、ひっきょう人格にほかならぬ。

 

 それは気品であり、気はくである。 

 

 富士を描くということは、

 つまり己を描くことである。

 

 己が貧しければ そこに描かれた 富士も貧しい。

 

 富士を描くには理想をもって描かなければならぬ。

 

 私の富士も決して名画とは思わぬが、しかし、

 描くかぎり、全身全霊をうちこんで描いている

 

(横山大観「私の富士観」朝日新聞 昭和29年5月6日付)

 

 

 


photo credit: Starfires via photo pin cc

 

 

 

 

 

私は、この文章に、画家の【気迫】を感じた。

 

 

この文章では富士を描くにあたっての心境が書かれているが、

 

実際は、富士に限らず、人物画であっても静物であっても、

かまわない。

 

 

どの絵にも共通する画家の思いだ。

 

 

 

つまり、

 

絵とは自分を描くことなのだ。

 

 

自分の心を描くことだ。

 

 

内面が貧しかったり、醜ければ、そのような作品になる。

内面が充実し高められたものであれば、作品も同様となる。

 

 

これが

 

気品であり、気迫だ。

 

 

そして、

【全身全霊】で描いていると言い切る横山大観師に

画家として人間としての自負をみた。

 

 

 

わたしは、まだまだ赤子のようなものだ。

 

 

 

先ず、人間として

未熟な面を正し、

 

ビジョンアーティストとして

画家として

 

 

もっともっと
【全身全霊で生きる】

 

修行を積み重ねようと決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 


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